18年連れ添ったフィリピンのカミさんと別れた話し
18年連れ添ったカミさんと別れる方向でいます。
他人様からみるとどうでもいい話ですいません。
くよくよしやすい性格なんです。
理由は彼女の浪費癖。
借金まみれぼろぼろです。
ここ一年悩まされてきました。
仕事も手につかないほどに・・・
その額もちょっとシャレにならない金額で、数十万、百万と心がむしばまれてしまいました。
ほとんどのフィリピン人はフィリピンに大家族がおり、仕送りしている人が大半です。
それを承知の上で結婚したのでそれ自体はきつかったときもありましたが、そこまでの問題ではありません。
問題は浪費癖のほう。
最初はクレジットカードの無駄づかいからはじまりました。
ある日ポストを除くと一通の封筒が。
封をみると茶封筒にはいった信販会社からのものでした。
いくら家族でも勝手に開けてはいけないのですが、あまりにも気になりその場で封をあけると、30万円の督促状。
本人にといつめると、友達にいい顔するために物を買ったとのこと。
この時点でも一瞬、離婚がよぎったくらいです。
私は感情てきになり、どなりつけてしまい、きちんと返せと言い含めました。
妻は昼間パートをしているので月々10数万の給料と夜はスナックでバイトもしてました。なので少し補助すれば返せない金額ではないと安心感もまだありました。
数日後、また見慣れぬ封筒が今度はべつのクレカ会社から50万の督促。
本人に全部でいくらあるのか問い詰めると全部でなんと200万とのこと。
まさに青天の霹靂です。
わたしが借金が大嫌いなのに、わかってくれていない、とにかくといつめ解決さくをみつけよう。
と話しあいました。
わたしの貯蓄を切り崩せばなんとかなりますが、ここは本人に自覚させる意味でも少しは苦労させないと。
その様な考えから、司法書士事務所で債務整理することを選んだんです。
もちろん本人名義でお灸をすえる意味もありました。
荻窪にある司法書士事務所なのですが、帰り道二人で泣きました。
もうこんなことは二度と起こさないようにしようねと。
5年間という長丁場、毎月3万2千円の支払い。
少しづつ自分で返すことで責任感が芽生えなんとかなると思ったんです。
あのときの涙はいまでも忘れられません。
もう二度とこんなことがないと思っていましたが、このときはまだ悪夢の序章にすぎませんでした。
今から思えばおかしいな、と思う事もしばしばありました。
夜帰るのが遅い、休みの日は外に外出する。
やはり悪い友達とたちきれなかったんでしょう。
そんな折にフィリピンの家族からも騙されるということも起こってしまいます。
毎月10万くらい仕送りしているにもかかわらず、誰かが病気、挙句のはてに兄弟が死んだ、良心が死んだ。
その都度わたしの貯蓄を切り崩しフォローしてきました。
でもそんな立て続けに死ぬ?
そんな疑問もおこりつつ、、、
後に明るみになりますが、家族が嘘をついて金を巻き上げていたとの証拠をつかんだんです。
きっかけはフェイスブックの投稿欄。
普段私はフェイスブックはつかっていませんが、なんとなく目について、見てみると死んだはずの家族の投稿が。
今から考えると誰が嘘をついていたのか定かではありません。
もしかしたらカミさんが私から巻き上げていたのかもしれません。
本人の口から真実が語られないかぎりわからないです。
でも騙されたというショックから彼女の行動が変わっていきます。
寂しさのあまり自暴次期になってしまっていたんでしょう。
毎月の借金の返済は滞りなくおこなってはいましたが、また様子がおかしい日がしばしばでてきました。
帰りが遅くなる、休日はどこかに出かける。
二人で泣いた司法書士事務所の帰り道。
あの時の事を鮮明に覚えていた自分はまさか同じ失敗を繰り返すとは夢にも思いませんでした。
しかも債務整理中なので、カードももちろん使えなくなるので安心しきっていました。
しかし、ある日泣きながら死にたいの一言。
嫌な予感はしましたが、といつめると。
ともだちから100万借りたと、しかもその使い道はフィリピンパブに使ったと。
家族の裏切りから寂しさを紛らわすためだと言っていました。
流石にもう別れよう、そんな気持ちもよぎりました。
絶対また同じことを繰り替えす。
ただ別れるのが辛い自分もいたんです。
こう話しをしてみると他人様からみると典型てきな悪妻だとみえるかもしれません。
ただみためのけばけばしさ、派手さはありません。
結婚した当初からみれば、少しはブランド品のバッグをかったりしていましたが。
あと国民性っていうのもあるかもしれませんが、なによりも私を愛してくれていた。
私がそう思いたかっただけかもしれませんが。
本人の言い分だけとらえると、家族の裏切りが相当ショックだったようです。
なにがなんだかわからないけど、辛さを紛らわすためにフィリピンパブで飲み歩いたと。
わたしはタクシー運転手という仕事上二人のすれ違いも多く変化に気づけなかったことも原因かもしれません。
10数年家族のために頑張ってきたそんな家族に裏切られた。
私もフェイスブックの投稿を見た時はショックでした。
甘いと言われればそれまでですが、そんな気持ちを汲んでそのときは私の貯蓄からだまって100万相手の女に渡しました。
一緒にいきもう付き合わないでくれともお願いして。
病気、家の修理、災害いろいろな理由でお金が湯水のように・・・
挙句の果てには自分で物販のビジネスに失敗した30万、50万。
その都度わたしは怒り、もう二度とするなと言い聞かせました。
でも本人もそうですが、わたしもマヒしてしまっていたんですよね。
わたしは、この先もずっと一緒にくらしたいと。
しかし、わたしのたくわえた貯蓄もそこが見えるようになり。
この状況が続けば、共倒れ。
そこで本当の最後通告をします。
今度やったら本当に離婚ねと。
しかし、あやまちは繰り返されます。
額も200万。
もう頭の中真っ白です。
わたしができることもなくなりました。
最終的にはやはり寂しいとのこと。
わけがわからなくなっちゃったと。
飲み歩いたそうです。
しかも2か月間だけで。
最後にいままで本当にごめんね。
多分病気なんです。
自分でもブレーキの利かない暴走列車のようになってしまっているんです。
状況をかえるには私と別れるほか手段がありません。
素直に応じて今日市役所で、離婚届けを書いて、(証人欄はまだかいていません)
ふたりゆっくり別々の道をあるくことにしました。
その日がちょうど今日、30数時間寝れずにこのブログをかいています。
さびしく、むなしく、何が何だかわからない状況です。
まとまりのない文章ですいません。
きっと私も悪い部分があったのかもしれません。
すれ違いのなかもっとさいしょから2人の時間をふやしていれば
ただ起こるだけじゃなく、おかねを与えるだけじゃなく
でも八方ふさがりなんです。
短いスパンで給料を上回る金額を与え、何をしても手がつかない状況。
特にひどい状況は1年以上つづきました。
解放されてすっとするより、いまはわだかまりがあるばかりです。
PSこんなつらいなか話をきいてくれた、相談にのってくれた
たーひろくん
荻原さん
本当にありがとうございます。
あなたたちがいなければ、もっと辛い思いをしていました。
がく